夜参り真言  平成29年8月1日

夜参り真言  平成29年8月1日

夜参り真言  平成29年8月1日

神宝社

よくぞよくぞ見るべし。

神の敷きたる道を心の目でこそ見よ。肌で感じるべし。頭で知るのではなく心で知ることが肝要と覚えるべし。

神の居ます場所に入るべし。よくよく忘れることあるまいぞ。

          

解説

神の敷いた道を心の目で見て肌で感じなさい。冷静な時の直観で見る。波だち騒いでいる時とか、逃げようとしている心で見てはいけない。神は困難な場合でもプラスの良いことも見せてくださることがある。その道に沿って行けばよい。神のいます場所に入るべし。その道は神の居ます場所に繋がっているので神の懐に入っていける。

狭井神社

己の心を清くして神の玉ゆらこそ見るべし。

玉ゆらの行方は神のいますところに通ず

易き道は選ぶではない。辛くとも玉ゆらの行方にこそ道があると覚えよ。

玉ゆらに従ひ歩むべし。

解説

今回の神宝社の真言と連動している。

玉ゆらとは元々瞬時という意味だが,杉などの梢の先に雨後、水玉がぶら下がって輝いている状態をいい、それは振動や蒸発でたちまち消えてしまう

玉ゆらは見ようという心がないと気がつかない。

光に煌いているのが美しいと気がつく心で見るとその道標が必ずあり、玉ゆらの導きがある。

 

今回の『大同類聚方』(大同3年808年5月3日に成立した日本最古の医学書で薬品の処方など各地に伝わる医方が収録)の場合でも神社との仕事へと導かれている。

「神は人をして語らしめる」という言葉があるが、点々とした導きがあって、先のことは分からなくとも、今の時点で心を清くしてわからない時は三輪に行って閃きを待つ。

玉ゆらの行方にこそ道がある。

安易に流れる時は気をつけ、それを正当化するのは避ける