新三輪流神道入門

三輪明神東京分祠教統 美和会代表
根本幸夫
  はじめに
  新三輪流神道の大事
  その一 不易としての神山三輪山   その七 祈りについて
  その二 三輪山の神威   その八 たまゆらの導き
  その三 神道は心道である   その九 神は隠り身のこと
  その四 御神鏡の意味するもの   その十 祓えと禊ぎと修業
  その五 「心の御柱」の意味   その十一 言霊について
  その六 心の構造と法則

はじめに

大神神社にはかつて三輪流神道という神仏習合の独特の神道が継承されていた。その源流は奈良天平期から平安初期にかけて活躍して玄賓僧都から始まり、鎌倉期、高野山・上醍醐で修業して平等寺を開いた慶円上人(1140〜1222)と、醍醐で修業し、西大寺に三輪の少彦名神を勧請し、後に大御輪寺(今の若宮社)を開いた叡尊の二人によって体系づけられた。特に室町期には大いに発展し、能楽『三輪』が作られるほどとなった。その教義は神道と密教の習合であり、天照大神と三輪大明神と大日如来は一体であると唱き、神体山三輪山を金剛・胎蔵界の顕現とするのである。しかし、この道統は明治の廃仏毀釈で廃絶されてしまった。
今ここで述べる新三輪流神道とは、三輪流神道の基本となり、能楽『三輪』で「思へば伊勢と三輪の神、思へば伊勢と三輪の神、一体分身の御事」と謡われている天津神と国津神との融合を前提として、古神道の奥義と私が神山三輪山から受けた言霊を基礎として、新しい神道を探らんとするものである。

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新三輪流神道の大事

その一 不易としての神山三輪山

三輪山は『古事記』に記されているごとく、日本最古の神山であり、歴史の始めから人とともにあった神の座す山である。

三諸は 人の守る山 本辺は 馬酔木花咲き 末辺は 椿花咲く
うらぐはし 山そ 泣く児守る山(『万葉集』3222)

と万葉人に歌われたように、人々は御山を大切にし、山の神もまた人々を大切に守ってきた。今もまたお参りに訪れる人々を病気や災難から守っている。未来もまた人の世が続くかぎり、御山は人々を守り続けるのである。

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その二 三輪山の神威

古来、三輪山(大神神社)は霊験あらたかであるとも、また恐ろしいとも言われてきた。一度願をかければ、早ければ三日、遅くとも三年以内にはかなうと言われ、三輪山で起こったことは皆、世の形になるとも言われる。
『三輪流神道深秘鈔』には、

 「天を極め、地を究めて、以ってその栖とす。法体周遍す。草木国土ことごとく皆我栖也。……かようの御神ゆえ、諸神に超すぐれたまひて無二無双の御神なれば八百萬の神をも治めさせたまひて、神徳も天地萬物に通達して、無上無極の至尊なり」とまで述べられている。

大神の名である大物主の意味は、幽界までも支配する大いなる力をもつものの意である。それゆえ、その力は方位や気学の悪方を押さえ、悪い家相でも改善する力をもつ。
しかし、三輪明神の神力は人の関係において最も威力を発揮する。三輪はその昔美和とも書かれ、その名の音霊が示しているように、美い人の和(縁)をつくり、悪しき縁を除く働きをする。しかもその美き神縁は三重(三輪)のしっかりとした輪で繋がれるのである。また願掛け事がその人の意志と違った形で成就することもある。人は過去と現在のことしかわからないが、大いなる力をもつ神は、過去、現在、未来の三界を知って行動する。それゆえ、その人の願い事の成就がその人の将来によくない場合は、願いと違った形の成就となる。
また恐ろしいと言われる由縁は、その人が大きな悪因縁に憑かれている場合、それを少しずつ小出しに、軽い形で悪因縁を消そうとする力を誤解しているのである。三輪の神は決して参拝にくる者に対して罰を与えたり、余分な意味のない苦を与えることはない。
心より神に祈り、その結果としてあらわれてきたことがらは、皆受けて立つべきである。それを超えることによって、必ずより大きな発展がある。三輪の神の神意は願い事の成就や除災もさることながら、何よりもその人を進歩、発展させることにあるからである。

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その三 神道は心道である

人の行動は何によって決められるかと言えば、それはその人の心の一番強い思いによって決定するのである。人の体を車にたとえれば、運転手は心である。車が多少ボロでも、運転手の腕がよければ何とか目的地まで到着することができるが、腕の悪い者であれば、どんな高級車に乗ろうと、途中でコケてしまうだろう。つまり人がどんなに優れた能力や体力をもっていたとしても、その力をコントロールする心がしっかりしていなければ、かえって身を滅ぼすことにもなりかねない。
また神と接するのも心においてであるから、その心が穢れていれば、どのような能力をもとうと、どのように修業しようと、神と接し、その導きを受けることはできない。それゆえその人の人生を決定するのはすべて心であり、神道も実は心道なのである。

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その四 御神鏡の意味するもの

大神神社の場合、御神体は三輪山そのものであるが、多くの神社では鏡が御神体となっている。つまり普通、私達が神社にお参りして手を合わせる時、私達はその神社の御神鏡に手を合わせ、祈っているのである。とすると、その神鏡に映っているのは何者かと言えば、自分そのものである。つまり、私達は神鏡を通して、自分自身の姿に手を合わせていることになる。さらに言えば、神鏡の示す神意はそこに写る自分自身をよく見て、自分の心にこびりついている穢れ、つまりいろいろなこだわりをよく知って、それを流せというのである。換言すれば、古神道が鏡を通じて私達に示すものは、 汝自身をよく知れ ということになる。
ここで穢れについてもう少し述べておくと、穢れとは肉体的な問題ではなく、心にもつ種々のこだわりである。善きことであれ、悪しきことであれ、人はこだわりを多くもちすぎると、行動が束縛され、動きが鈍くなる。ましてやそのこだわりが、恐れ、不安、怒り、嫉妬の類であれば、人生の方向さえ狂いかねない。いかなる人も絶対に過去に戻ることはできないのであるから、過去の悪しき体験は、そこから教訓だけを汲み取って、あとは皆流してしまうのがよい。
鏡は化粧するためにあるのではなく、自分の心の穢れを見つけるためのものであることを忘れてはならない。

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その五 「心の御柱」の意味

伊勢神宮の秘中の秘とされているものに「心の御柱」がある。伊勢神宮では二十年ごとに建物および神宝を皆つくり直し、あらたに再生の形をとるが、この「心の御柱」だけは、建物は移っても、その地に倍の四十年間温存される。伊勢神宮では、正殿床下に立てられるこの柱が最も大切なものであり、不慮の事故に対する用心からである。それではこの「心の御柱」とはいかなるものであろうか。
『延暦儀式帳』によれば、遷宮諸祭は、先の遷宮から十七年目の吉日に、料木を伐り出す杣山で山口祭を行ない、まず山の神を祭る。次いで、別の吉日を選んで、心の御柱となる料木を伐り出し、その根元で木本祭という神祭を行なう。さらに、次の吉日に地鎮祭を行ない、御柱を立てるのである。
その形状については『豊受皇太神御鎮座本紀』に「長五尺御柱ニ坐ス、五色ノ糸ヲ以テ之ヲ纏キ奉リ、八重榊ヲ以テ之ヲ飾リ奉ル」とあるが、各文献には断片的にしか記述が見られないので、なかなかその全容を知ることはむずかしい。しかし、各文献の内容をよく勘案して見ると、その長さは一・五メートル、太さは直径三十センチメートルほどの料木に五色の糸をまき、地中に半分ほど埋め、榊をつけて飾るのである。そして、この柱は床下までは届いていないが、その真上に鏡がくるように建物が設計されている。そして大切な祭りは深夜、正殿床下のこの柱を囲んで行なうようだ。
ここで大切なことは、伊勢神宮で最も重要なこの柱をなぜ「神の御柱」と言わず「心の御柱」と言うかということである。それは遠い昔、人の心と神とは天の御柱のように一本の柱でゆらぐことなくしっかりと繋がっていたことを、形として残したものと考えられる。つまり、私達は心を通して神と一本の柱でしっかりと繋がっているということである。私達がどのような困難な局面に立たされようとも、それを忘れて自暴自棄になってはいけないのである。いついかなる時も、私達は神と一体であることを心に銘記しておくべきである。三輪山であれば、常に御山を心に描き、御山と一体であることを忘れないようにすることが大切である。

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その六 心の構造と法則

◆心の構造

心の球体 心の構造を図示すれば右のようになる。
私達の心の中心には真魂がある。その真魂は守護神霊を通じて神界と繋がっている。その真魂から発せられるのが理性や知性を超えた英知である。言霊も真魂から発せられたものは最強となる。そしてその外側を取り囲むように存在しているのが霊帯である。ここには背後霊や因縁霊がおり、関連する霊界と繋がっている。そのすぐ外側にあるのが感情帯である。霊帯と隣り合っているがゆえに、私達の感情は知らず知らずのうちに霊の影響を受けやすいのである。感情帯のすぐ外側にあるのが理性帯であるが、一般に理性帯より感情帯のほうが厚いので、理性は感情に負けやすいのである。かといって理性帯が強すぎると、理にこだわりやすくなったり、正義感が強すぎて、やはりバランスを崩すことになる。心の各層が透明でバランスが取れるようになると、心の御柱を通して神界から光のエネルギーが真魂に注入されやすくなり、やがて真魂は神界の意志によって動きはじめるのである。
しかし理性帯も含めての話であるが、霊帯や感情帯が厚く曇りすぎている状態では、神界からの光は弱く、人の心は背後霊や感情によって動かされてしまう。理性帯についていえば、英知のエネルギーを受けている状態が最も望ましいのである。神界についていえば、それぞれその人に縁の深い神界と結びつくわけであるが、私達の場合であれば三輪を中心とした氷川や伊勢山を含んだ神界となる。

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その七 祈りについて

私はかつてお参りの同行者が増えた時、祝詞を奏上した後、まず同行者の人達が健康で、今より少しだけでよいから運が良くなりますようにと祈っていた。ところが、ある時、神の言霊とも言うべき次の言葉を聞いてしまった。
「山に何を求めるのか、よくおのれに聞くが良い。力であって良いのか。力のみを求めるのであれば、山に来るのではない。言っておく! よくぞ見るべしおのれの姿、隠すのではなく、見ることこそ、三輪(美和)の心であるぞ。恐れることなく、三輪の山に力を求めるのではなく、自己の姿を見るのみと思え」と。
私はこの御山の言霊を聞いて以来、祈り方を変えた。
「かけまくもかしこき大神の大神の広前に、かしこみ、かしこみも曰す。大神の高き尊き大御稜威によりて、今この庵につどいし者達の罪、穢れあらむをば、ことごとく祓えたまえ、清めたまいて、我らが恐れることなく、力を求めることなく、我が身をかえりみて、大神の御心と御旨にかなう者となるように、守りたまえ、導きたまえ」と。
ところが先日、祓戸社で祈っている時、またしても次の言霊を聞いた。
「導きたまえとはいかなる心か」と。
私がとまどっていると、言霊はさらに続いた。
「まずあなた方の存在そのものに感謝しなさい。あなた方には両親がおり、その両親にはさらに二人の両親がいる。その両親にはまたそれぞれの両親がいる。こうして次々にあなた方の両親の数を遡っていくと、とても多くの祖先に支えられていることがわかります。その数多くの祖先のうち、ただ一人欠けても、あなた方はここに存在しないのですよ。まずあなた方の存在そのものに感謝しなさい。そして今ここへ詣でて来ていることが、すでに導きのなかにあるのです」と。
このような体験を私はしてきたが、祈りの基本は自分の両親、先祖、そして神への感謝にある。そして力を入れすぎず、軽やかに、自分の素直な心を言葉にのせて、御山に響かせるような気持ちで少し声を出して祈るとよい。祈りこそが神との接点となるので。

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その八 たまゆらの導き

かつて奥津磐座で、「たまゆらこそたまづさである。たまゆらのみちびきにしたがいたまえ」という三輪の言霊を聞いた。しかし、たまゆらもたまづさもこの時初めて聞いた言葉で、すぐに意味がわからなかった。家に帰って辞書を引くと

〈たまゆら〉・玉響、ほんのちょっとの間、しばし、かすか
〈たまづさ〉・玉梓、手紙、たより、使者

とあった。 しかしこれでは意味がわからない。「たまゆら」という小説作品が三冊ほどあったが、それらを読んでもやはりわからない。その意味がわかったのは、次に三輪に来た時であった。御山しながら、その意味についてしばしば問いかけていると、「それではたまゆらを見せてやろう。顔を上げよ」と言霊が聞こえたので、顔を上げてみると、その日はちょうど雨上がりだったので、御山の杉の枝にたくさんの水滴がついていたが、そこに急に陽がさしたので、それらの水滴がクリスマスツリーのイルミネーションのようにキラキラと輝いたのであった。それを見て、瞬時に意味を了解した。その水滴は陽ざしが強くなれば蒸発し、風が吹けば地に落ち、いずれにしてもほんのわずかな間しか命のないものであり、それも気づく心と見る心がなければそのまま通り過ぎてしまうものであった。
「たまゆらこそたまづさである。たまゆらのみちびきにこそしたがいたまえ」とは、「神は私達の日常のなかにたまゆらのような導きの標識をいくつも用意してあり、困難な時にもそれをたどってくれば、困難を超えることができ、自己を磨き、やがて三輪の大神の元に到ることができる」ということである。ただ少し難しいことは、神が標識として残してくれたたまゆらを見つけることであり、それに気づく心を磨くことである。これは、三輪流神道開祖の玄賓僧都と衣掛の杉の話と軌を一にする。
玄賓僧都は日々仏道の修業に精進し、弘仁五年、律師の位を授けられたが、「三輪川の清き流れに洗いてし衣の袖は更にけがさじ」と歌を詠み、固辞した。この玄賓僧都が住んだ三輪山の麓の庵に、毎夜、仏に供える樒と閼伽の水を携えて少女が訪ねてくるようになった。ある時、秋の夜寒に衣を一重賜わりたいと少女が言うので、衣を与え、少女に住まいを聞くと、「わが庵は三輪の山本恋しくば訪らひ来ませ杉立てる門」と歌を詠んで、少女は消えてしまうのである。僧都は不思議に思いながら三輪明神の社頭に来ると、大杉の枝に自分が少女に与えた衣が掛かっていた。近づいてよく見ると、衣のつまに金文字で「三つの輪は清く清きぞ唐衣来ると思うな取ると思はじ」と書かれてあった。この歌を何度も読んでいると三輪明神の御声がして、女神の姿で現れたまい、三輪にまつわる尊い神話を語り、天の岩戸の神遊びをまなんで神楽を奏し、伊勢と三輪の神は一体分身であることを申されるのである。
この話の神の杉に掛かった衣と金文字の歌は、まさにたまゆらの導きの一つの現れ方である。ちなみにこの杉の残り株は、現在、大神神社正面石段左手の手水舎の後ろにある。

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その九 神は隠り身のこと

世に仏像は数多くあるのに、神像はきわめて少ない。その理由は、神道では神はふだん隠り身で、人の祈りや必要に応じて、磐座や神籬である樹木に降りこられると考えられ、偶像崇拝をしてこなかったからである。
漢字の神という字を解析すると、申は雷の意であるから、神とは雷によって示されるものとなる。それゆえ雷をカミナリ(神鳴)と読み、雷は神雨によって田を潤すのである。日本語の「カミ」とは、先に示した隠り身(カクリミ)が詰まって「カミ」となったのである。
それではなぜ神は隠り身であるかと言えば、神が常時姿を現し、人に指示を出していたのでは、人はいつまでも進歩しないからである。神は、人が神の心や意志がわかるように心の進化をしてほしいと思うがゆえに、たまにしかその存在を示さないのである。しかし、その道標はたまゆらの導きとして、あり余るくらい随所に配置されている。私達はただそれを探し、たどっていけばよいのである。
私達は困った時、よく神頼みをするが、時には、もし自分が神であったなら、自分にどのようなことを要求するだろうかを考えてみるとよい。そうすると、自然に自分のたまゆらがどの方向にあるかがわかってくるものである。

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その十 祓えと禊ぎと修業

神道の大事の一つに祓えということがある。祓えとはその人についている穢れを取ることである。穢れとは肉体的なこともあるが、大半は心の穢れである。霊的なものも、病気も、主たるところは心の穢れである。先に人を車にたとえたが、車がエネルギー源としてガソリンを必要とするように、人の体は、その体の構成材料およびエネルギーとして食物を必要とする。このことについて人は本能的にも理性的にも一応わかっているのだが、車の運転手としての心の栄養と再生(リフレッシュ)については、忘れがちになってしまう。神道では昔から心の栄養と再生を重視してきた。心にいろいろなこだわりのアカが溜まってくると、心の気も肉体の気もよく回せなくなり、やがては気が枯れて病気になってしまう。この心のアカである穢れを取るのが祓えであり、禊ぎである。祓えは神の力によって行なってもらうものであり、禊ぎは自ら行なうものである。そして日々禊ぎを行ない、心に穢れ(気枯れ)のない状態にしておくのが修業である。日本では大きな祓え行事として六月の大祓えと師走の大祓えがある。半年ごとに溜まった穢れを人型(紙人型)に移し、神社で祓って頂くのである。そして家も大掃除をして、十二月の最後に除夜の鐘(本来の仏教にはない)を聞き、鐘の音とともに穢れを一つずつ除いていくのである。これは神道でいう音霊による禊ぎである。やがて新年を迎えると、新年一番の井戸の水を若水(若がえりの水)として飲み、命の再生をはかるのである。日本人ほど風呂や忘年会の好きな民族も世界で稀であるが、これらの風習はみな神道の禊ぎ思想が基となっている。禊ぎの修業というと水ごりや滝行などつらいことを連想しがちだが、要は心のこだわりを落とせばよいので、楽しい音楽や、風や川のせせらぎなどの自然の音を聞いたり、草木花を楽しむこともまた禊ぎであり再生の行である。ただ穢れを祓うという意識をしっかりともっていることが肝要である。

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その十一 言霊について

かつて奥津磐座で次のように聞いた。
「人の力には限りがあります。しかし言霊には無限の力があります。言霊にこそよりなさい」と。  言葉は単なる物を示す記号ではなく、その人の心の奥底にある真魂から発せられた言葉には、その真心が宿り、人を動かし、さらには神霊の力も加わり、言葉により事物の具現化が進行するようになる。
そのことについて古代人は実によく知っていた。
「葦原の 水穂の国は 神ながら 事挙げせぬ国 然れども 辞挙げぞ吾がする 言幸く 真福く坐せと 恙なく 福く坐さば 荒磯波 ありても見むと 百重波 千重波に敷き 言上げす吾は 言上げす吾は」(『万葉集』三二六七・「柿本人麿歌集に出ず」より)
日本の国では言霊は神に通じるのでめったに事挙げ(言霊を発すること)しないのだが、人麿はあえて事挙げするのだ。旅立ちが幸いに満たされますようにと、言霊を通して神に祈っているのである。エネルギーの最も根本的な形は波動の形を取るが、言葉もまたそうである。言葉の波動に、その言葉が長い間人に影響し続けてきた暗示力と、さらにその人の心の思いが重なって、言霊となるのである。
人はともすると、人を動かそうと思って話す時、力を入れすぎたり、情を入れがちになるが、力や情の入れすぎは決してよい言霊とはならない。人を説得するのではなく、相手にとっても自分にとってもよいと思う言葉を、真心から軽く発して響かせるようにするのである。その時に相手を動かすことができなくとも、言霊のエネルギーは相手に浸み込んで残り、時がくればまた動きだすものである。
キリスト教の聖書は二千年も前に語られたものであるが、今だに人々を動かし続けている。仏典しかり、万葉集またしかりである。真に言霊となったものは二千年の時を超えて私達に働きかけ、私達を動かす力をもち続けているのである。
祈りの言葉の真言も神言も、みな原理は同じである。真心から発して、山の神まで響かせるようにすればよい。言霊に距離と時間は関係しないのである。

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