今月の真言 平成26年2月11日
夜参り真言 平成26年2月11日
「拝殿」
いづくにも幸あらん。いづくにも幸あらん。
己の心にこそ、その道があると覚えよ。
遠く離れたところに幸があるのではない。
己の心の中にこそある。
怒る心、妬む心、悲しみの心、すべての負の心を流すがよい。
それを捨て去つた時心と神が繋がるであらう。
いかに困難に出会ふともその道を進むがよい。必ず道は繋がる。このこと決して忘れることあるまいぞ。
〔解説〕
幸の求め方にはいろいろ思いはあるが、本当の幸せは自分の心の中にある。それを見つけて進むと道がみえてくる。
その道を見えなくしているのはプライドや欲であり嫉妬や嫉みである。大病すると結局健康が一番いいということがわかる。まず健康、そして目的に地道に進んで行くこと。一歩一歩真っ直ぐに進んでいく。怒る心、嫉妬、悲しみなど負の思いが沢山あると本当の道がみえない。それを捨て去った時自分の心と神が繋がってくる。つまり心をいつもニュートラルにしておく方が神に繋がりやすい。困難な局面にあっても諦めないで真っ直ぐ進むこと。
「神宝社」
闇に、心の闇に三輪の神の光を入れるべし。
闇を照らすべし。
闇とは何ぞ。心の中で己が目を閉ぢて、見ようとせぬものである。
耳を閉ぢて、聞かうとせぬものである。目を開きこの
闇を見よ。耳をすまして闇の声を聞くべし。
ことごとく流すがよい。ことごとく流すがよい。
そなた達はいつまで重荷を背負つて何とする。
よく見極めて進むがよい。
〔解説〕
自分のそれぞれの心の中に闇がある。その闇の正体をよく見抜くように。人というものはいやなものは見たくないから避けようとし、聞きたくないから耳を閉じて聞かなかったことにする。そういう風にして自分の心の中に闇を作ってしまう。見えないのでなく、見ようとしない。聞こうとしないために聞こえない。得てして避けていることを真正面から見ると答が早く見つかる。闇を深くするのは見ようとしない、聞こうとしないことである。避けようとするのではなくよく見なさい。よく聞きなさい。
辻清明先生の言葉に「明かる闇」があったが、明るいと目が見えていると思うが実際は見たくないものに目を閉じているからみえない。しかし自分は見えているつもりでいて、道を選ぶから間違えてしまう。見たくないものも見、聞きたくないことも聞いて受けて立つと道が見えやすく誤まらなくなる。
ジェラシー 嫉み 怒りを流していく。これらを自分に都合よく解釈しても、実情はややこしくなるばかりで感情が高ぶってしまう。
しっかり見極めることが大切である。
道が見える範囲内で見、進むとそこから見えてくるものがある。山でも尾根に出ない限り全貌は見えない。尾根に出るまで辛抱して登ると見えてくる景色がある。
見えないからといって、ストップしたり道を変えると却ってわからなくなる。見えないところで決断しないで見通しが良いところまで登るべきである。
「龍神」
平成26年2月12日
三輪の山によくぞ来た。残雪の残るこの三輪の道をよくぞ来た。
今日の凍てつく山をするといふことは、、、地に下りた後、いかなる道も越えることが出来るであらう。
神がついてゐる。
怖れることなく、怖れることなく進むがよい。
さあ行くがよい。
〔解説〕
今日のきわめて困難な三輪山をお山できたということは、山を降りた後、どのような困難に会おうとも越えることができるであろう。そなたたちには三輪の神がついている。そのことを自覚して、それぞれの道を進むがよい。